東京地方裁判所 平成7年(ワ)10654号 判決 1996年4月17日
原告
谷内幸雄
ほか一名
被告
第三松竹タクシー株式会社
ほか二名
主文
一 被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、金一一二八万八七三九円及びこれに対する平成六年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、金一一二四万一六七八円及びこれに対する平成六年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要(当事者間に争いがない)
一 本件事故の発生
1 事故日時 平成六年一〇月二一日午前零時二五分ころ
2 事故現場 東京都板橋区中丸町二五番先路上
3 浅井車 普通乗用自動車
運転者 被告浅井惺(以下「被告浅井」という。)
所有車 被告第三松竹タクシー株式会社(以下「被告会社」という。)
4 熊谷車 普通乗用自動車
運転者 被告熊谷久夫(以下「訴外久夫」という。)
所有車 被告熊谷清一(以下「被告熊谷」という。)
5 事故態様 被告浅井が浅井車を運転して本件事故現場の交差点(以下「本件交差点」という。)に至つたが、対面信号機が赤色を表示しているにもかかわらず、本件交差点手前で停止することなく本件交差点内に進入したため、右方から対面信号機の青色表示にしたがつて本件交差点内に進入してきた訴外久夫運転の熊谷車と浅井車が衝突し、その反動で浅井車が逸走し、道路脇に立つていた訴外亡谷内ルビ(以下「訴外ルビ」という。)に衝突し、同人に、骨盤骨折、出血性シヨツク等の傷害を負わせ、同人は、同月二五日、死亡した。
二 責任原因
1 被告浅井
被告浅井は、本件交差点は信号機によつて交通整理が行われており、対面信号機が赤色を表示していたのであるから、信号機の表示に従つて本件交差点手前で停止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて進行した過失によつて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条により損害を賠償する責任を負う。
2 被告会社
被告会社は、浅井車を所有して、運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。
三 相続
原告らは、訴外ルビの両親であり、唯一の相続人であつて、各二分の一ずつ、訴外ルビの損害賠償請求権を相続した。
四 争点
被告熊谷の免責の可否
第三争点に対する判断
一 当事者の主張
原告らは、「被告熊谷は、熊谷車を所有して、運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。」と主張するのに対し、被告熊谷は、「被告熊谷が熊谷車の運行共用者であることは認めるが、本件交差点は、信号機によつて交通整理の行われている交差点であり、訴外久夫は、青色信号にしたがつて交差点内に進入したところ、赤信号を無視して本件交差点内に進入してきた浅井車と衝突したものであるから(当事者間に争いがない)、訴外久夫は、信号機の表示に従つて進行すれば十分であり、訴外久夫は、注意を怠つておらず、本件事故は、被告浅井の一方的な過失によつて発生したものであり、かつ、熊谷車には構造上の欠陥も、機能上の傷害もなかつたので、被告熊谷は免責される。」と主張している。
二 当裁判所の判断
1 前記争いのない事実、甲一、二、二四、二七、乙ハ一ないし一一及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件交差点は、北西から南東に走る通称中丸通りの区道(浅井車の進行してきた道路。以下「甲道路」という。)と南西から北東に走る区道(熊谷車の進行してきた道路。以下「乙道路」という。)が交差する信号機によつて交通整理の行われている交差点である。甲道路は、歩車道の区分はない、片側一車線のアスフアルトで舗装された道路で、車道の幅員は、七・九メートル、両側に、一・二メートルと一・一メートルの路側帯が設けられている。甲道路は直線で、最高時速が時速三〇キロメートルに規制されている。乙道路は、車道の幅員が八・二五メートル、両側に一・一メートルと一・四五メートルの路側帯の設けられた歩車道の区分のない片側一車線のアスフアルトで舗装された車線道路で、最高時速が時速三〇キロメートルに規制されている。甲道路、乙道路とも、前方の視界を遮るものはなく、前方約五〇キロメートル先の障害物が確認できる。本件交差点付近は市街地で、本件交差点の四角には、それぞれ民家が建つており、甲道路から進行してくると乙道路側、乙道路から進行してくると甲道路側の見通しは、双方とも不良である。本件交差点の本件事故時の交通量は閑散としていた。
(二) 訴外久夫は、乙道路を時速約四〇キロメートルの速度で直進し、本件交差点の七、八〇メートルほど手前のカーブで速度を時速約三〇キロメートルに落とし、その後、約三〇ないし約三五キロメートルの速度で進行した。そして、右カーブを曲がりきつた直後に、本件交差点の対面信号機が青色を表示しているのを確認し、そのまま本件交差点方向に進行した。訴外久夫は、本件交差点手前で本件交差点出口右側に訴外ルビを発見したが、同人が停止したので、横断者はないと確認し、対面信号の青色表示に従つて本件交差点内に時速約三〇ないし約三五キロメートルの速度で進入しようとした。ところが、本件交差点手前の停止線を越えた付近で、左前方一二・五メートルの本件交差点の左方の甲道路の停止線付近の地点に、赤信号を無視して本件交差点内に進入してくる浅井車を発見し、急ブレーキをかけたが及ばず、熊谷車前部が浅井車右側部に衝突した。
一方、被告浅井は、本件交差点手前約五八・六メートルの地点の道路から左折して甲道路に進入し、甲道路を時速約四〇ないし約五〇キロメートルで直進して本件交差点に至つたところ、本件交差点があることも、本件交差点が信号機で交通整理が行われていることも全く見落とし、かつ、対面信号機が赤信号を表示していることを全く見落とし、減速することなく時速約四〇ないし約五〇キロメートルの速度で本件交差点内に進入し、右方から青色信号にしたがつて本件交差点に進入してきた熊谷車にも全く気づかないまま、同車衝突した。
2 右認定した事実によれば、確かに、訴外久夫に左方不注視の過失があつたとは認められない。
しかしながら、訴外久夫は、本件交差点の約七、八〇メートル手前で、一旦、時速約三〇キロメートルに減速し、その後、制限速度である時速三〇キロメートルを約五キロメートル超過した時速約三五キロメートルで本件交差点まで至つたものと認められる。訴外久夫が浅井車を発見した際、浅井車は、本件交差点手前の停止線付近の地点を走行していたのであるが、訴外久夫が、制限速度を遵守して進行していれば、左方の見通しが悪いことを考慮しても、訴外久夫が、赤信号を無視して本件交差点内に進入してくる浅井車を初めて発見した地点よりも、さらに手前の地点で、浅井車が本件交差点内に進入してくるのを発見し得たと認められる。そうすると、訴外久夫が、制限速度を遵守して進行していれば、より手前の地点で浅井車が信号を無視して本件交差点に進入してくるのを発見し得、ハンドル操作やブレーキ操作で浅井車との衝突を回避し得たか、衝突は回避できなくても、衝突の際の速度をより低速にし得、浅井車が左方に逸走して訴外ルビに衝突することを回避し得た可能性が否定できない。
したがつて、訴外久夫の右速度遵守義務違反がなければ、本件事故が回避できた可能性が否定できないので、訴外久夫が注意を怠らなかつたとは断定できない。
3 確かに、信号機によつて交通整理の行われている交差点に進入する際には、自動車運転者としては、通常は信号機の表示に従つて進行すればよく、信号機の表示を無視して左方から本件交差点内に進入してくる車両があることまで予測して進行すべき注意義務はないと言える。
しかしながら、本件の場合、前記のように訴外久夫には制限速度遵守義務違反の事実が認められるのである。訴外久夫は、捜査段階の当初の警察官調書では、時速約三〇キロメートルで本件交差点内に進入した旨供述していたが、その後の検察官調書において、時速約三〇ないし約三五キロメートルで本件交差点内に進入した旨供述しており、右の供述の経過や訴外久夫が速度計を見て走行していたものではないことに鑑みても、右の検察官調書中の訴外久夫の速度についての供述は十分に信用できる。したがつて、訴外久夫は、青色信号にしたがつて本件交差点に進入しようとした際には、制限速度である時速三〇キロメートルを約五キロメートル超過した時速約三五キロメートルで進行していた可能性が否定できないのであり、自賠法三条の免責の判断に際しては、熊谷車が制限速度を超過した速度で進行していた可能性を否定することはできない。
このような事情の元では、信号機の表示にしたがつて、交差点に進入したという事実だけで、訴外久夫が注意を怠つていなかつたと認められるものではなく、被告熊谷の主張は採用できない。
4 したがつて、その余の点については判断するまでもなく、被告熊谷は免責されない。
第四損害額の算定
一 訴外ルビの損害
1 文書費 一万七三八〇円
甲一、三、五、一四及び弁論の全趣旨によつて、死体検案書、死亡診断書及び交通事故証明書を取得するために右金額を要したと認める。
2 付添看護費 六万円
甲一九、二〇、証人谷内りり江尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外ルビは、本件事故後、死亡するまでの五日間、入院して治療を受けたが、その症状から、その期間中、両親である原告らの付添看護を要したこと、入院付添費としては、経験則上、一日一人当たり六〇〇〇円が相当であることが認められるので、本件においては、入院付添費は六万円が相当と認められる。
3 葬儀費用 認められない
経験則上、葬儀費用として相当な額は一二〇万円と認められるところ、乙イ、ロ三の一及び二、四、五、証人谷内りり江尋問の結果によれば、被告会社が、葬儀会社に葬儀費用として合計一五三万七一六〇円を支払つている事実が認められるので、本件では、葬儀費用を損害として認めるのは相当ではない。
4 休業損害 四万九五四五円
甲七、八、九の一、一一の一ないし五、一二、一三、一九、二〇、証人谷内りり江尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外ルビは、本件事故当時、准看護婦の資格を有し、看護婦の資格を取得するため、訴外浦和市医師会看護専門学校(以下「訴外看護学校」という。)に通学する一方で、医療法人・社団宏明会池袋大久保病院(以下「訴外大久保病院」という。)で准看護婦として勤務し、夜間は訴外テアトル開発株式会社(以下「訴外テアトル」という。)に勤務していたこと、訴外ルビは、訴外大久保病院から、平成六年六月一日から本件事故前日の同年一〇月二〇日までの一四二日間に合計七三万二四七五円の収入を(一日当たり五一五八円)、訴外テアトルから、平成六年一月一日から本件事故日前日の同年一〇月二〇日までの二九三日間に合計一三九万二三〇〇円(一日当たり四七五一円)を得ていたこと、訴外ルビは、本件事故によつて、本件事故当日から死亡するまでの五日間、就労することができず、右収入を得ることができなかつたことが認められる。
したがつて、訴外ルビの休業損害は、右の一日当たりの収入の合計九九〇九円に五日間を乗じた四万九五四五円と認められる。
5 逸失利益 五三五三万三三九三円
(一)(1) 甲七、八、九の一、一六ないし二〇、二二の一ないし四、証人谷内りり江尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外ルビは、本件事故時二八歳であつたので、本件事故によつて、就労可能な年齢である六七歳まで三九年間の得べかりし利益を喪失したと認められること、訴外ルビは、本件事故当時、准看護婦の資格を有していたが、看護婦の資格を取得するため訴外看護学校に通学していたこと、訴外ルビは、平成八年三月末に訴外看護学校を卒業し、看護婦の資格を有することが確実であつたことが認められる。したがつて、訴外ルビは、本件事故から訴外看護学校を卒業し、看護婦の資格を有する見込の平成八年三月末までの間は、前記4で認定した日額九九〇九円に三六五日を乗じた年間三六一万六七八五円を、看護婦の資格を取得する平成八年四月以降は、本件事故時の平成六年の賃金センサス第三巻第三表の女子看護婦企業規模計の平均賃金である年間四五四万六一〇〇円を基準にして算定するのが相当である。
(2) 被告は、確実に看護婦として就業できる蓋然性がないので、看護婦としての収入ではなく賃金センサス第一巻第一表の女子労働者学歴計の平均賃金を基準とすべきであると主張している。
しかしながら、前掲各証拠によつて認められる看護学校生の卒業率、看護婦としての稼働率のいずれを見ても、被告の主張は採用できない。
(二) 以上によれば、訴外ルビの逸失利益は以下のとおりとなる。
(1) 平成八年三月までの一年間 二四一万〇二二五円
右の三六一万六七八五円に、生活費を三〇パーセント控除し、一年間のライプニツツ係数〇・九五二を乗じた二四一万〇二二五円
(2) 平成八年四月以降、六七歳までの三九年間 五一一二万三一六七円
右の四五四万六一〇〇円に、生活費を三〇パーセント控除し、三九年間のライプニツツ係数一七・〇一七から一年間のライプニツツ係数〇・九五二を減じた一六・〇六五を乗じた額である金五一一二万三一六七円。
なお、被告らは、仮に訴外ルビの逸失利益の算定に際し、看護婦としての収入を基準とするとしても、訴外ルビが、六七歳まで看護婦として稼働できる蓋然性がないのであるから、看護婦としての収入を基準として逸失利益を算定できるのは長くて一五年間に限るべきであると主張している。しかしながら、乙イ、ロ一及び二を考慮しても、訴外ルビが、経験則上認められる就労可能年齢である六七歳まで看護婦として稼働できるとの前記認定を覆すに足りるものではなく、被告らの主張は理由がない。
(3) 合計 五三五三万三三九三円
6 慰謝料 二一〇〇万円
訴外ルビの本件事故時の年齢、生活状況、本件交差点の存在すら見落とし、赤信号を無視して本件交差点内に進入した結果、全く落ち度のない訴外ルビを死亡するに至らせたという本件事故の態様、その他、本件における諸事情を総合すると、本件における慰謝料は二一〇〇万円と認めるのが相当である。
7 合計 七四六六万〇三一八円
二 既払金 五四〇八万二八四〇円
原告らが、自動車損害賠償責任保険より合計五四〇八万二八四〇円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。
三 損害残額 二〇五七万七四七八円
四 相続 各一〇二八万八七三九円
原告らは、訴外ルビの右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続したので、原告ら各自の損害額は、各一〇二八万八七三九円となる。
五 弁護士費用 各一〇〇万円
本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、原告ら各自につきそれぞれ一〇〇万円が相当と認められる。
六 合計 各一一二八万八七三九円
以上の次第で、原告ら各自の損害額は、各一一二八万八七三九円となる。
第四結論
以上のとおり、原告らの請求は、被告らに対して、各自、原告らそれぞれに対し、金一一二八万八七三九円及びこれに対する平成六年一〇月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。
(裁判官 堺充廣)